僕は、仲間のカズトとスケッチ画板の上に真っ白な画用紙を乗せてスケッチをした。
街の少しへんてこな場所にある電柱がある。
その電柱の向こうに広がる山々を描いた。
太陽光が爽やかな春の午後の話。
青々と空が広がって千切れ雲がぼんやりと漂っている。
だけど絵の焦点は電灯に当たっていた・・・・・・。
「電灯が動いた理由なんて一生分からないままだよ・・・」
ある朝通りかかると、その位置が数メートル横にずれていたのだ。
小説。
約500字。
6ページ。
僕は、仲間のカズトとスケッチ画板の上に真っ白な画用紙を乗せてスケッチをした。
街の少しへんてこな場所にある電柱がある。
その電柱の向こうに広がる山々を描いた。
太陽光が爽やかな春の午後の話。
青々と空が広がって千切れ雲がぼんやりと漂っている。
だけど絵の焦点は電灯に当たっていた・・・・・・。
「電灯が動いた理由なんて一生分からないままだよ・・・」
ある朝通りかかると、その位置が数メートル横にずれていたのだ。
小説。
約500字。
6ページ。
全長1キロのバカでかい滑り台が、その街の中心部の大きな芝生の公園にある。
●●たちの純朴で無邪気な遊び場所となっている。
その滑り台にこのたび、一つの分かれ道が設けられた。
無邪気な●●の遊びという前提であるが、言わば恐怖のロシアンルーレットである。
滑り台の最後の方に、分かれ道が設けられる。
どっちへ滑っていくか、その方向性は風の向きやその時の体勢などの状態によって分からず、急角度の猛スピードで滑るためどっちへ行くかは自ら決めることが出来ない。
小説。
約700字。
7ページ。
誰もが●●心で、地球が半分に割れたといった感じの想像は膨らませたことがあるだろう。
ハハハッと冗談で一蹴されるようなことである。
しかし年月は二億六千年経過し・・・・・。
僕の想像の中では本当に地球が真っ二つに割れた。
それは夢や冗談などでは決してないのである。
だけどあくまでそれは想像の世界。
現実ではないのである。
小説。
約400字。
4ページ。
行きつけのつけ麺屋に話を戻す。
一度半年くらい前に行ったとき、冷たくしまっているはずの麺がシナッとしていて生温く味が落ちたと思って以来行く回数は減ったのだが、まぁその日は無難な味であった。
お腹も膨れたこともあってか、その後駅前を歩いていてなんだか気怠く眠くなってしまったので、俺はすぐ近くにあるネットカフェに行くことにした。
小説。
約1000字。
9ページ。
ユリコちゃんは小さな渦の世界に迷い込んでしまった。
蟻地獄の中のよう。這い上がってもなかなか抜け出せない。
小説。
約300字。
3ページ。
タカキは先ほどLINEで恋人にフラれてしまった。
そして三日前にはコンビニのバイトをクビになった。
ちょっとした人間関係のこじれである。
演劇をメインとした役者の夢を追うタカキ。レッスンにも通いながらアルバイトをしているが、
夢追い人は大変なものだと分かっていてもやっぱり大変だ。
パートでは入ってくるお金にも限りがある。レッスン料をスクールに支払い家賃光熱費携帯代などを差し引いたら、フルで働いてもお金はなくなる。
足りない分は友人から借りたり実家の親に仕送りをしてもらっている。
そして二日前にはすれ違う人にこんな言葉をかけられた。
小説。
約800字。
7ページ。
昔、お世話になったおばさんの運営されている施設へ久しぶりに行った。
列車で住む田舎町から3時間。
そこからは市営バスで向う。
年に一度のクリスマス会だった。
駅前の小さな公園に美しい名称がつけられていた。
星空の湖(ほしぞらのみずうみ)公園
街灯が光る。ビルの明かりと車のヘッドライトがひんやりと冷たい夜の街を無数に交差している。
小説。
約500字。
4ページ。
和食店にパートとして働きに、俺は駅まで30分列車で3駅かけて行っている。
最寄り駅からはその店はすぐの場所にある。
片田舎ではあるが、駅や幹線道路沿いということもあってそこそこ流行っている。
土日などは大量の注文。
厨房で働いているのだが、伝票が次から次へと出てきて休まる暇がない。働いているという実感があっていい。
働き始めた当初は苦しくもあったが、仕事を覚え慣れてきて楽しくなってきた最近だ。
そんな俺には憩いの場があって、仕事終わりにそこへ足しげく通っている。
街中の銭湯である。
二階が飲食店になっていてその横に喫煙所、くつろげるフリースペースがある。一階はロッカーと受付。
そして三階が銭湯である。
ここ最近、古い銭湯は廃れた。
商店街も寂れ、昔からある店などはもはやレトロの博物館のような外観。軒先の暖簾や看板、テントなどだけが形骸的に残っていて、寂しい雰囲気も感じさせる。
小説。
約1000字。
7ページ。
その風船はとても割れにくい元素で出来ていた。
山のような大きな石の上で、タコのように口を尖らせ天に向けてラッパを吹く、
肌と髭の真っ黒な男が作り上げた巨大な風船である。
誰もがその風船をどうにかして叩き割ろうとした。
その理由は、その風船の中には人々を限りなく幸福へ導く地図が入っていたからである。
誰も知ることの出来ない・・・・。
燦々と乾いた光が地上に降り注ぐ。
小説。
約400字。
3ページ。
水色の海は、キラメキを保っていた。
長い歴史の中でいくつかの危機には直面するも、自然を維持する力は勝り、生命体、食物連鎖の生命体系は同じようにキープし続けられた。
しかし最大の危機が訪れる。
浜辺で海水浴に来ていた●●のジュントは友人のタケヒトと話していた。
「沖の方の様子が少しおかしいみたいだぜ??」
テトラポットの向こう。
悠々と海辺を漂っていた長い三角形の帆を上げるヨットが、突然猛スピードで何者かに海の中へ吸い込まれた。
海には黒い潮が流れ込んできつつあった。
小説。
約600字。
6ページ。
●●のユキトはある日、堤防沿いの川辺の道で小さな流木を見つけた。
雑草に紛れ、どこかからたどり着いたように落ちていた。
まだ道の途中と話しているように思えた。
きっとここからずっと上流の折れた木の欠片か何かが川の水で流され形を変え、嵐か何かでこんなところに辿りついたのだろうと思った。
ユキトはポケットにあったクッキーを一つ食べる。
空を見上げると、薄い水色の晴れた青空に、千切れたわたがしのような雲が少数浮かんでいる。
午後からは同級生たちとサッカーをする予定だった。
腕時計を見ると午前11時半にもうすぐさしかかろうとしている。
場所は自宅近くにある公園。
早めに戻らなくてはならない。
ふと・・・。
意味はなかった。
ユキトは流木を持ち上げ、川のそばへ。
小説。
約900字。
7ページ。
無理をせず生きる
無理とは理が無いと書きます。
頭で冷静に考えず、闇雲に突っ走ると心や体を壊してしまいます。
そういう時は一旦深呼吸しましょう。そして冷静になってみます。
それも出来ないようなら横になりましょう。
可能なら窓を開けて周りを見渡してみましょう。今日の景色は?気温は?全身で考えるのではなく感じる。
このごく根本の当たり前のことが、いろいろある中で忘れてしまいがちです。
厳しい社会の競争だとか軋轢(あつれき)、社会的な問題や健康の問題。家族などとの関係性などなどあげればキリがないです。
災難は次から次へと降りかかってきませんか?
平穏が続けばそれはそれで暇が生じ、刺激が欲しいと嫌になってしまったり。
一番当たり前のことをやるというのが一番難しい。
普通にしているのが一番難しい。
人間はとても非合理で弱い生き物ですので、
無理なく、というのがいいと思います。
エッセイ。
約700字。
5ページ。
休日には、事前にどこへ行くか決めてどこかへ出かけるのが好きである。
駅などのそばに自販機があったりして、川辺や河川敷を歩くのも好きだったりする。
季節折々の風情を感じながら。
好きな食べ物はラーメンである。
温和で平和な雰囲気も好きで、店員さん店主さんも先日行ったラーメン屋は温かかった。
小説。
約400字。
3ページ。
それは、透明の四角いガラスだった。
中が空洞という感じではない。重さもある。
俺は世界に追い詰められ、まるで自分だけが皆に責め立てられているような感覚を覚えていた。
だけどそれはスポーツの闘いと同じで一つのゲームであり競技で、雌雄(しゆう)生死を分かつような土俵の上ではないという前提だけれど。
四角いガラスの正体は、価値基準だった。
俺は、自分のいる位置がとっても低いという劣等感を持っていたのだ。
だけど四角のガラスに反射させて自分の顔をよく見てみた。
となりには少しやつれた自分の顔と自宅の庭の木々や草木、更には自宅横を歩く人が見える。
まるで鏡のようなガラスであった。
小説。
約600字。
5ページ。
人生は、一見一直線に考える方が楽ですからそのように考えてしまいますが、実はよく見るといろいろな側面があります。
それらをしっかり見る限りにおいて、人生には何が正しいかの答えのようなものはありません。
正しいとやっていたことが後悔に変わったり、間違ったことが合っているとあとあと気付くきっかけが来たり。
そんなものですから、著者もこの先も全然違う楽しみを見出すかもしれませんし、逆にはしっかりと自分を管理し頑張っていかなくては変なところに入ってしまう危険も秘めているわけです。
とあるきっかけでボランティアというか、鬱や発達障害などの方がおられる精神科へ行っていたことがあるのですが(著者はそういった病気ではありません)、
そこの患者様などは往々にしてその傾向にあります。
エッセイ。
約900字。
4ページ。
朝、いつもする決め事がある。
日記を書いて歩くことだ。
徒歩30分の場所にある駅まで行って帰ってくるという1時間コースが多いが、大回りすることもある。
この日も少し迂回(うかい)して大きな神社のある公園の方から駅へ向かった。
空気の穏やかななんだかほっとする朝だ。
小説。
約900字。
7ページ。
昔から、次の日にはどこへ行こう?
と考えて夜眠りにつくのがウキウキして大好きだ。
1人が気楽なのだ。
誰かと一緒に過ごすのも無難にはやるが、自由気ままに過ごせる一人がやはりやめられない。
一日一日が冒険のようで楽しいのだ。
人生は短いが長い。やっぱり有意義に過ごしたいものだ。
この‘一日大冒険一人旅’と運動も兼ねたウォーキングはセットになっている。
学生の頃と20代の頃の不摂生な生活習慣の乱れがたたって、少し健康に持病が残っている。
もうこれ以上太ることは出来ない健康状態。今や体に染みついている数年前から吸い始めたタバコも本当はやめないといけないのだが、とにかく運動だけはしなくてはならない。
だけど歩くのは楽しい。すべきことと楽しいことが一致しているのは一石二鳥でいい。
インターネットというものがあるため、今では行く場所は事前にいくらでも調べられる。
グーグルマップではいくらでも細かいところまで調べられるし、更にはストリートビューにて実際的な環境まで目で把握できるようになっている。近場でも大冒険が出来るのだ。
小説。
約2100字。
11ページ。
崖っぷちを兵士たちが並んで歩いている。
彼らは皆、芸術家である。
鋭く尖った刃を自らの腹部あるいは胸部に向けてひっ刺し、殺してしまう可能性を秘めている。
それが嫌なら崖から飛び降りるだけだ。
それだけではなく敵が・・・・・。
これは究極の崖っぷちである。
大いなる強敵が正面から大群のようにやってきて、数人しかいない仲間でそれを防ごうとするという状況。
ことわざでいうなら四面楚歌だ。
しかし彼らは生き残った。
どうしてこの状況から生き残ったのか。
生き残ったのは全員?それとも一人だけ?
・・・・・とその答えは一旦隅に置いておこう。
とにもかくにもタダシはセーフだった。
四面楚歌とはもう駄目な状況を意味する。絶体絶命。どう考えても崖から転げ落ちる。ではどうして・・・・・?
小説。
約1100字。
8ページ。
スマホの普及で情報が共有化され、旧来の価値観ではない生き方を皆がしっかりと携えている時代です。
僕は、これを無視して・・・・というか、ある種目を背けて旧来の価値観のまま例えば段階社会縦社会と言うかそういう流れ、そういう価値観の会社の正社員とか・・・・に乗ってしまうと、あとあと待っているのは後悔だと思います。
今の●●たちが大人になった時、自分が大きな武器を持たぬ老人になってしまったら・・・・と思うと背筋がぞっとします。
分かりやすい例でいえば、自分はこう生きてきたんだからそういう新しい考えはナンセンスだ(死語かな?)、みたいなことを言い始めて、例えば自分に●●が出来てもそういう固い価値観を押し付けるような親になってしまう・・・これが僕が考える悪い状況です。
確かに相反した価値観がひしめき合って見方によっては窮屈な生きづらい社会には今の日本があるかもしれませんが、自由で新しい考え方で生きている人はしっかりといます。
成功して世界を渡り歩いているような人もいますが、それは一握りでしょう。
大切なのはしっかりと努力しているかだと思います。
血のにじむような我慢の努力とは違います。
ポイントは次。
無理をせず自分を管理していく、そういう意味も含めた総合的包括的な努力が必要とされている時代だと思います。
後悔のないよう、一定水準の幸せを保った人生を歩んでいきたいと思いますし皆さんにもそうあってほしいです。
この間SNS、twitterで目にした情報なのですが、老人になってから人は気付くのだといいます。もっと挑戦していればよかっただとか、家族を大切にしていればよかっただとか。
幸福は人間関係、それには苦しくても挑戦だとか努力だとかが必要。
それをしなければ後悔の人生になるのは当然でしょう。
頑張らなければ残念になる、これはほぼ間違いない事実です。
根っこは誰も助けてくれませんから。
今出来ることがあるなら今から始めましょう。
エッセイ。
約2500字。
7ページ。
明日は、近くの公園に遊びに行こう。
大きな神社が奥にあって、真ん中に自販機がある。
小説。
約130字。
1ページ。
年の瀬も迫った12月の下旬。
肌寒い気温にトレーナーを着こみ、仲間たちと約束した海への日帰り旅行。
途中で体調を崩す仲間も出て大慌てするも、海と冬の風を堪能できた。
暖かいコーヒーで体調を取り戻し、駅前の洋食店でハンバーグ定職を食べたときには、彼女は完全に体調と笑顔を取り戻していた。
小説。
約300字。
2ページ。